禪静寂と洞察のための場所
本日の禅語
第一号
喫茶去
きっさこ出典『碧巌録』
現代語訳「まあ、お茶でも召し上がれ」
唐代の禅僧・趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)の言葉。訪れた者が修行経験の有無にかかわらず、ただ等しく「お茶を飲んでいきなさい」と声をかけられたという。
知識や分別のない、今ここの一瞬に没頭する。日常の何気ない行為の中にこそ真実があるという、茶道における究極のもてなしと、禅の真髄を示す言葉。
日々の禅語
色即是空 空即是色
しきそくぜくう くうそくぜしき
— 般若心経
不立文字 教外別伝
ふりゅうもんじ きょうげべつでん
— 達磨
放下著
ほうげじゃ
— 趙州従諗
碧巌録
百則の公案集
第一則
達磨廓然無聖
廓然無聖、聖諦亦不为
第二則
趙州至道無難
至道無難、唯嫌揀択
無門関
四十八則の公案集
第一則
趙州狗子
狗子に仏性ありや無しや
第二則
百丈野狐
不落因果・不昧因果
茶の湯と禅
一碗の中の静寂
一期一会
和敬清寂
茶禅一味
趣旨
禅の古典は、言葉を超えたところを指し示そうとしてきた。碧巌録、無門関、そして茶の湯の教え。それらはみな、静寂の中で開かれる一瞬の悟りを伝える。
このアーカイブは、そんな禅語と公案の記録である。一語一語を、静かに味わうための場所。